大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1842号・昭33年(ネ)1183号 判決

一、被控訴人らは、前認定の賃貸借については、賃貸地は一時的の物置場所として使用し、賃貸人の要求次第何時でも明け渡すという特約付でなされたものであると主張し、その事実は前示甲第一号証によつて明白である。(中略)しかしながら、被控訴人らの主張と弁論の全趣旨とを総合すると、控訴人張は「A宅地」の賃貸借ができて後間もなく賃借地上に住家を建築し(この建物は昭和二十年戦災によつて焼失した)、賃貸人はこの事実を知りながらその後長期間に亘り賃料を受領していたことが窺われるから、右賃貸借の目的は暗黙の合意によつて建物所有の目的に改められるとともに、借地法の適用を受ける賃貸借となり、賃貸人の請求次第何時でも賃貸地を明け渡すというような特約は無効に帰するに至つたものと解するのが相当である。

二、被控訴人らは、控訴人張は昭和三十年八月被控訴人らに無断で「A宅地」(賃貸地)に隣接する原判決摘示の「B宅地」(非賃貸地)上に原判決添付の第一目録記載の建物(但し、この建物は一部「A宅地」に跨がつて建つている。)を建築し、「B宅地」を占有するに至つたが、これは契約違反であり、賃貸借の当事者間に存すべき信頼関係を破壊するものであると主張するから、この点について検討する。

控訴人張が「B宅地」上に原判決添付の第一目録記載の建物(但し、この建物は一部「A宅地」に跨がつて建つている。)を建築所有し、「B宅地」を占有していることは当事者間に争がなく、また、その建築の時が昭和三十年八月頃であることは、成立に争のない甲第七号証及び当審における前示井上の証言によつて明瞭であり、そして、「B宅地」について控訴人ら主張のような賃貸借契約ができた事実の認められないことは後に認定するとおりである。そこで先ず、被控訴人ら主張のいわゆる違約という点であるが、若しそれが債務不履行という意味であるならば、土地の賃借人は賃借地につき善良な管理者の注意を以て、これを使用収益する権利と義務を有するものであつて、このことからその義務は直ちに賃借地以外の土地については、これを使用収益してはならない債務を当然包含するものということはできないから、控訴人張が「B宅地」に建物を建築所有するに至つたことは、少くとも後記認定の事情の下においては、直ちに右控訴人の債務不履行となるものでないといわねばならない。次に、被控訴人ら主張の信頼関係の破壊という点であるが、賃借人に債務不履行とは別に重大な不信行為があつて賃貸借を継続させることが賃貸人に対し酷であるような場合に賃貸借を解除しうることは今日多くの学説判例の認めるところである。そして、土地の賃借人がその借地に隣接する賃貸人の所有地に無断で建物を建ててその土地を不法占有するというような行為が賃貸人に対する不信行為であることは疑のないところであるが、かような不信行為による信頼関係の破壊は、その行為が余程の悪質のものでない限り、不法占有の回復により復元することができるものと解するのが相当である。いま本件についてこれを見るに、当審竝びに原審における証人井上福次郎(原審の分は第一、二回)、川崎万寿夫の各証言(井上の証言は何れもその一部)及び控訴人張讃寿尋問の各結果(但し、何れもその一部)を総合すると、「B宅地」は昭和三十年八月頃は第三者の石置場となつていたが、その以前は永らく草原として放置してあつたのであつて、そのため、控訴人張はこの部分にあらかじめ被控訴人らの承諾を得ないで建物を建てゝも大して問題となることはなく、その部分の借増か買取かによつて容易に円満解決ができるものと考え、前記のように建物を建てたのであり、事実その後に被控訴人らに対し借増、買取等の交渉をしたのであるがまとまらなかつたという経緯のあつたことが認められる。そうすると、控訴人張の前記行為は不信行為とはいつても、その度合は極めて軽微であつて、直ちに賃貸借当事者間に存する信頼関係を破壊したものとは認め難いのみならず、仮に多少これを傷けたとしても、その復元は容易であろうから、これを目して契約関係を解除するに値する重大な不信行為ということはできない。従つて控訴人張の不信行為を原因とする契約解除の意思表示により「A宅地」の賃貸借が解除となつた旨の被控訴人らの主張もまた進んで他の判断をするまでもなくこれを採用することができない。

(岡咲 田中 土井)

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